きもちのちょきん

年の瀬ですね。

2019年は愛の年になると占いで読みましたが、年の瀬になり振り返ると、

ほんとうに愛の年だったと思います。

 

家族愛、ペット愛、友情愛、人間愛

さまざまありますが、確かに、

「愛の年」

でしたね。

 

そして、今年大きなことに気づきました

それは、「きもちのちょきん」は

しても、意味がない。ということです。

 

こうなったらああ言おう。

今度会ったら、こう言おう。

まあ、今度でいいや。

 

今度ってなんですか?

今度っていつですか?

それ、ほんとに、その瞬間来るんです?

その瞬間を手にできる保証どこにあるんです?

 

好きな食べ物を最後にとっておく

のと同じように、

有終の美を飾ろうと、

あとでとっておこう、と

思ったその感情、言葉。

 

貯めても意味ないなー。と

貯金は身になるけど、

きもちのちょきんは、良くない。

 

しあわせを噛み締めなさいと自分に常に言い聞かせ、噛み締め、

感情もなるべく失礼のないよう

その場で精一杯伝えてきたつもりではあったけれど、振り返るとどんどん出てくる。

 

あの時、ちょきんしたきもちは

どこへ行くのでしょうね。

感情や言葉は、ナマモノだなあと

改めて気づきました。

 

だから、私は

やっぱり怒らないでいようと思う。

一瞬の怒りが、最後のやりとりになるかもしれない。

その一瞬の怒りをコントロールできなくて、一生後悔することになるかもしれない。

あの時怒ってよかった、なんて思える日なんて来ないと思う。

 

何を与え合い、

何を受け取り合い、

なにを分かち合ったのか、

よくよく考えたい。

 

他人にはわからないものが必ずある。

 

大丈夫だよ、そんなに不安にならなくて

 

しっかり互いに向き合って来た。

それを忘れてしまいそうなので、

ここにしるしておきます。

 

大丈夫。しっかりと向き合ったし、

2人で時間を紡いで来たんだよ。